「今日はね、から揚げ棒とストゼロ用意しましたわ。こういうのでいいんです、簡単でいいんですわ。」
土井善晴の言葉(?)
言うまでもないが、これは土井善晴(以下、敬称略だったり略じゃなかったり)の言葉ではない。
だが、「土井先生なら言いそう」と思った方は多いのではないのだろうか。
「言わない」と思った方でも、その理由を明確に説明できる方は少ないのではないか。
筆者は土井先生の狂信者である。
先生の書籍を経典のように繰り返し読み、生活の拠り所としている。
先生の『一汁一菜でよいという提案』は、紛れもない思想書である。
浄土宗の如く実践が容易である一方、正しく理解することは非常に難しい。*1
不意に筆者は世界に問いかけたくなった。
お前らはどれだけ土井善晴を理解しているのか?
クイズ形式で出題してみよう。
なお、筆者の解釈が多々混じることを念頭に置いてお読み頂きたい。
出題
後に提示するA-Gの文章がそれぞれ以下のいずれに当てはまるか考えてほしい。
- 土井先生が決して言わないであろう発言
- 土井先生が基本的には言わないであろうが、部分的に言うかもしれない発言
- 土井先生の実際の発言
- 平野レミの発言
では、列挙する。
A. 料理は結局は食べられるもの同士の組み合わせなんだから、何やったってOK。
B. 「普通に美味しい」って言う若者がいますが、ちょっと不自然やと思いませんか?毎日お味噌汁を作って食べていると、自然に「美味しい」って出てくるようになります。
C. 料理しないのはバイオレンス。
D. 必殺技やるから。
E. 卵が人の優しい気持ちを奪う。卵、黙れ!お前の出番じゃない!
F. 一生懸命生きることだけが大切なのです。
G. 今日はね、から揚げ棒とストゼロ用意しましたわ。こういうのでいいんです、簡単でいいんですわ。
是非考えて頂きたい。
解答
……(改行)
では、正解を発表します。
A. 料理は結局は食べられるもの同士の組み合わせなんだから、何やったってOK。
これは4. 平野レミのセリフ。
いや、本当に言ったのかは知らんけど。
そこの検証は本題じゃないので許して。
ただ、このセリフは土井先生も言いそうではある。ていうかほぼ言ってる
「料理に失敗なんて、ない。」は、『一汁一菜でよいと至るまで』表紙に明記されている。
B. 「普通に美味しい」って言う若者がいますが、ちょっと不自然やと思いませんか?毎日お味噌汁を作って食べていると、自然に「美味しい」って出てくるようになります。
これは 1. 土井先生が決して言わないであろう発言 にあたる。
筆者の妄想ではなく、真逆の言及があるからである。
もし、切り干しやひじきを食べて「おいしいっ!」と驚いていたら、わざとらしいと疑います。そんなびっくりするような切り干しはないからです。若い人が「普通においしい」という言葉使いをするのを聞いたことがありますが、それは正しいと思います。普通のおいしさとは暮らしの安心につながる静かな味です。切り干しのおいしさは、「普通においしい」のです。
土井善晴『一汁一菜でよいという提案』より
土井先生は「脳にダイレクトにくる美味しさ」を全否定はしないが、少なくとも大事にすべきものとは考えていない。身体を綺麗にしてくれるような、脳ではなく身体で理解するような「おいしさ」を大事にしており、もっと言うならそれはいわゆる「おいしい」である必要はないとすら考えているようだ。
次。
C. 料理しないのはバイオレンス。
これは 3. 土井先生の実際の発言にあたる。
同じ「食う」でも、料理すると料理しないでは、ずいぶん違います。料理しないのはバイオレンス。だから腹ペコで街を歩くと、正常であれば選ぶことはない、脂っこいスパイスまみれの食べものが、私を誘惑しだすのです。
そうした心の傾きを調整し、防御するのは、料理するという行為です。それは前に書いたとおり、料理することが、前頭葉を発達させることになっているからだと思います。道徳的価値を判断するのが前頭葉です。料理の持つよき働きとして、無意識の善意が働くのです。
土井善晴『味つけはせんでええんです』
土井善晴は基本的に「料理絶対主義者」である。
全てのベースに料理をすることを置いている。なぜなら「料理することは生きること」だからである。実は結構過激派である。
だが、その「料理」のハードルをおっそろしく下げてくれているのも土井先生だ。
なお、料理ができないくらい疲れているのならさっさと寝ろと言っている。
ありがたいお言葉である。
D. 必殺技やるから。
これはもちろん4. 平野レミのセリフである。
なお、土井先生は「やれるもんならやってみてください」とは言っている。
そのため2または3を選んだ方も正解である。
次。
E. 卵が人の優しい気持ちを奪う。卵、黙れ!お前の出番じゃない!
これは 3. 土井先生の実際の発言 にあたる。
土井先生の書籍を3冊ほど読んでいたらこの思想に至る理由が分かる。
土井先生は家庭料理内における全ての「ハードルを上げる行為」が嫌いなのだ。
その上で「台所を綺麗にする」あたりは「ハードルを上げる行為」に一切含めていないので、その辺りが多少わかりにくくはある。
F. 一生懸命生きることだけが大切なのです。
これも 3. 土井先生の実際の発言 にあたる。
どう生きていいかわからない若者に向かって「お金を基準にして損得で判断するのがいいのだ」と言う人がいます。「そんなことはおかしいでしょ」って思っている人は多いと思います。お金を基準にするのは間違いです。
そうではなくて「料理を基準にして判断するのがいいのだ」と言ってみたいと思います。
この本に収められた文章は、コロナ禍になって、私たちの生活が変わって、だれが自分を守ってくれるのだ、などと思い、生きづらさを感じ始めるようになってから、書いたものです。
おいしいってなんだ。基準ってなんだ。生きるってなんだ。なにがいいことか悪いことかわからない。だけど一生懸命生きることだけが大切なのです。
みなさまの幸せを心より願います。
土井善晴『味つけはせんでええんです』あとがき
この言葉には土井善晴の全てが詰まっていると言っても過言ではない。
先程言った通り土井善晴にとって「料理することは生きること」で、「生きることとは日々生活すること」なのだ。
G. 今日はね、から揚げ棒とストゼロ用意しましたわ。こういうのでいいんです、簡単でいいんですわ。
ここまで踏まえると分かると思うが、これは 2. 土井先生が基本的には言わないであろうが、部分的に言うかもしれない発言 にあたる。微妙なラインなので 1. 土井先生が決して言わないであろう発言 でも正解である。
土井先生は別に外食やジャンキーな食べ物を全否定はしない。
ただまぁ基本的に身体を傷つける食べ物には否定的である。
一方で「油を減らそう」とはあまり考えていないようで、から揚げを味噌汁にぶち込んだり、
結構な量の油で作った卵焼きで味噌汁を作っている。
www.youtube.comまあ、ラーメンとか食べるよりよほど身体に良いことは間違いなかろう。
まとめ
さて、君は何問正解できたかな!?
このブログを書いた動機は土井善晴なら「から揚げ棒とストゼロでいいんですわ」って言いかねないと割と本気で思ってる人も結構いるのでは、と思ったからである。意外と土井先生の本を2冊以上読みその思想の深淵に挑もうとしている人は少ないのではなかろうか。
ぜひこの記事をきっかけに深淵に至って頂きたい。
ところで俺は飯が炊けているのになぜこんな怪文書を書いているのだろう。
はよ味噌汁食べよう。
*1:勝手に仏教扱いしているわけではなく、土井先生本人が「一汁一菜は念仏である」と何度も言及している。『一汁一菜でよいという提案』文庫版あとがきには「『一汁一菜は念仏だ』と思いついたのです。そう思うと生活そのものが修行だと分かります。」とある。なお、一度唱えるだけで救済が絶対的に約束される浄土真宗よりは、浄土宗の方が性質としては近い。だが実践の異常なまでのシンプルさと思想全体の広がりのギャップという意味では浄土真宗が近いように思われる。


