Midnight Note

明日はどこまで行こうか。どこまで行けるだろうか。

自分と戦うのをやめた

筆者、水上湊はITエンジニアである。

……のは紛れもない事実なのだが、3年間胸を張ってそう言えなかった。

あゝ、司法試験

司法試験の勉強を始めたのは3年ほど前だった。
その頃は某企業の技術責任者を担当しつつ、とあるIT系の開発案件に参画していた。
そこで心をバッキバキに折られ、「もうITなんぞやってられるか」と心から思い、何か他の道を模索するようになった。

模索する中、医師と違い弁護士は予備試験という試験に合格することで学歴を問わず司法試験への挑戦資格が得られ、司法試験に合格すれば資格が取得できる*1ことを知った。
いっちょやったるか、と司法試験、厳密に言えば予備試験の勉強を始めることにした。

多分誰でも知っていることだが、司法試験はとっても難しく大変な試験である。
さらに言えば予備試験は司法試験よりも合格が難しいと言われている。
実際に滅茶苦茶大変だった。
もはや自慢にもならないが、筆者は現役時代センター試験で9割ほど取った。
だがその程度の勉強力で太刀打ちできるような試験では決して無かった。

一方で仕事の方は「自分はエンジニアです」と胸を張って言えないまま、経験は一応積み重なっていた。
執行役員になったり再度独立したりして、フルリモートでそれなりには成果を挙げられるようになっていた。

だんだん、このままで良いのではないかという気持ちが強まっていた。

今は力を抜いてITエンジニアとして働けている。
金銭的にも「もっともっと稼ぎたい」というギラギラした気持ちがあるわけではなく、正直だいぶ満足していた。

このブログを読んでくれている人には「ワレ車とか高級時計買っといて何抜かしとるねん」と言われるかもしれない。

mistclast.hatenablog.com

けれど、腕時計を買ったときの感情はギラギラした物欲というよりは、このまま過ぎていく日々にヤバさを感じ、何か大きく日常を変えてみたかった……
そんなモチベーションだった。

つまり、そう前向きなものというわけでもなかったのだ。
このあたりの感情はこの人の感覚に似ている。


だんだんなぜ弁護士になりたいのか分からなくなっていた。
そもそも僕は軽く生きていきたい神経質人間なのだ。
弁護士などという、人の生き死にや人生にあまりにも直接的に関わる仕事に耐え得るとは到底思えない。

……けど、このままじゃ……
このまま惰性で生きるわけには……
ずっとモヤモヤしていた。

日々に飽きていたのは事実なのだ。
なんならもう自分の人生を「余生」のようなものだとすら思っていた。
彼女もできたし、もう誰かのために生きよう。
バイクも飽きた。
車も買ってみたけど生活が激変したわけではない。

高速道路にて

先日、仕事を……というか会社を辞めた。
事故のような辞め方だった。
辞めると決めてすぐに辞めた。

とは言いつつまた個人事業主に戻っただけである。
また非正規労働の日々が始まる。

先述した通り仕事を辞めたのは「事故」のようなものだった。
例えて言う全力疾走している最中に脚を引っ掛けられて盛大にコケたような。
少し熱くなっていた頭に氷水をぶっかけられたような。
そんな感じで再起不能になってしまった。
司法試験の勉強はほぼやめていたが、やめきっていたわけではなかった……のだが、とてもじゃないけれど勉強を頑張るような気持ちにはなれなかった。
彼女とは去年別れている。
何も見えなくなった。

見えないのでとりあえず酒を飲む。
惰性でツーリングをする。
何度も行った伊豆。
西伊豆の伊豆・三津シーパラダイスに行った。
なんか1000円で釣り体験があったので、家族連れにに混ざって釣りをしてみた。
釣りは魚を傷つけるのがかわいそうだからしばらく封印していた。

……なんかやたらめったら釣れる……

これはオオモンハタ。
なんでこんな魚がポンポン釣れるんだ。

その日はライダーハウスに宿泊し、次の週。
釣りが本格的にしたいという気持ちを抑えきれず、15000円ほどで釣具を買い込み、千葉まで釣りに行った。

笑っちゃうほど釣れなかった。
ただ、野生のウミガメは見れた。

その日は千葉のゲストハウスに一泊し、次の日は早めに帰ることにした。

ロードスターで圏央道を駆ける。
ふと思った。
「なんかこの生活捨てたくねぇなあ」、と。

……
「なんかこの生活捨てたくねぇなあ」
「なんかこの生活捨てたくねぇなあ」
「なんかこの生活捨てたくねぇなあ」

リフレインする。
……あれ?

……捨てなくて、良くね?
今のままで、良くね?

あれ?
なんで俺、今の自分に自信持てなくなってたんだっけ?

作り話

ここからは例え話で語りたい。
内容はすべてフィクションです。

時は3年ほど前に遡る。
筆者は色々な事情でとある案件に参画することになった。
筆者は自動車を作る職人で、ある自動車を作るプロジェクトに参加したのだ。
さっきITエンジニアって言ってたやん、っていうのは一度忘れて欲しい。
あくまでもフィクションなのだから。

その工場では、自動車のネジが手で締められていた。
当然だが筆者は絶句する。
しかも自動車は1週間後に納品しなければならないらしい。
終わっていた。

筆者は全力で「この世には『工具』というものがある」ということを説いた。
ここで「あーあるよね、セキュリティとかの問題で『工具』が入れられないって現場」と思った人もいるかもしれない。
違う。
全く違う。
誰も「工具」のことを知らないか、「工具」を使うことに興味がなかっただけだった。
なお、胸を張って言えるがここで言う「工具」は「俺しか知らない便利ツール」ではなく、本当に「工具」レベルのものだった。

筆者はとにかく「工具」を調達しようとした。
だが少し手間取ってしまった。
そんな筆者に工場長はこう言った。
「時間かかりそうですか?ならそんなことしてないで早く実作業に入ってください」と。

……。
思い出しているだけで気が狂いそうになるのだが。
抑えろ、俺。

……。
なんとか「工具」を調達、各メンバーに配った僕は車の組み立てを全力で進めた。
進めていたら、おもむろにあるメンバーが言った。
「そんな組み立てされたら迷惑なんです!!!!」と。
まあそこまで言うなら、ということでそのメンバーが作り直すことになった。

最初は存在しなかった不具合が生まれた。

なお、作り直された車は、職人経験が半年程度でもあれば「いやそんなことしたらあかんに決まってるやろ……」と分かる内容に魔改造されていた。

そんなメンバーについて、リーダーはこう言った。
「あの人にそれ指摘すると面倒なので、いったん放置しましょう」と。

……
このフィクションの中で、2つほど事例をご紹介した。

このレベルのことが、何十件もあった。
もっと言えば。
ここで挙げた内容は全体の中ではまだマシな方だった。

4ヶ月ほどだけしか参画していなかったが、終わった頃には本当に精神的に参っていた。社会人生活の中で間違いなく最低の4ヶ月間だった。
毎日吐き気がしていた。

「私、車職人辞める!」
そう決めるにはあまりにも理由がありすぎた。

……フィクション終わり。

実際の筆者は先述した通り、ITエンジニアである。
現実の話とは関係ありません。
無いってば。

最近のこと

最近に至るまで、筆者はエンジニアリングに加えて色々なことをやってきたが、エンジニアであることは辞めなかった。
並行して色々なことをやっていた。

だが、エンジニアであることに全く自信が持てなくなっていた。
でも「今の生活」をキープしたい、ってことが頭によぎったあと、考えた。

「そもそもあの日々に経験したこと*2で自信無くすの、間違ってね?」と。
「そもそもあそこに行った事自体が事故みたいなもんじゃないか」
「もっと言えばアレ、仕事とすら言えなかったのでは?」
「そうだよな、あんなもの仕事と言って良いわけないじゃん」
「じゃあ何か?僕は仕事とすら言えないもので自信を失ってたのか?」

「……ふざけるな」
「ふざけるな!!!」
「舐めんなよ俺を!」

「俺は、プロのITエンジニアなんだよ!!!」

霧が一気に晴れた気がした。
もう僕は、自分を否定しなくて良いんだ、と。
何が余生だ。
「ITエンジニア」の枠の中でやりたいことがこちとら山ほどある。
会社作ったりだとか色々。
けれど、それはもう無理だと強く思っていた。
俺はもうITに興味がなくなった、と強く思っていた。

僕はITエンジニアなんだから、まだまだ勉強しなければならない。
当然だ。
僕は興味を失ってなど、いなかった。

そしていくつか気付いたことがある。

今の俺は無敵だ

今の筆者は無敵である。
これは躁状態だから言える……というのもあるが、なんというか今は「やりたいこと」に気負いがない。
今の、今までの自分を否定しなくて良くなったから、あとは自然に物事が進むと心から思い込んでいる。

気付いた。
ああ、無理だわ。
仮にこんなヤツがいたら少し前の自分が勝てるわけがない。

僕は、自分を否定して、無理に気負った状態で、後ろめたさを感じながら司法試験という国内最難の試験に挑もうとしていた。
そんな状態で勝てるわけがない。
他の受験生も間違いなく何かしら抱えているだろうが、それでも合格者たちは強靭なメンタルを持った人間ばかりだ。
こんな状態で絶対に合格するわけがない。
思えば大学受験の頃もこんなメンタリティになっていた。
そりゃ無理だ、負けるに決まっている。

そしてもう一つ気付いたこと。

自分と戦ってはいけない

「自分と戦ってはいけない」。
最大の敵は自分だって言うし、克己心に溢れた人は自分としょっちゅう戦っているのだと思う。
それで上手くいく人もいるのかもしれない。

けれど、僕の場合は少し方向性が歪んでいた。
僕は「『このままではいけない』と『思わないといけない』」と、思い込んでいた。
でも本当は「このままでいたかった」。
その結果自己は引き裂かれる。
何がしたいのかわからなくなる。

正しくは、「このままであっても、退屈せず、気負わず前向きに自分や世界を変えていくことはできる」なのだ。
それに気付くのに3年も掛かってしまった。
掛かってしまったのだ……
それをざっくりと「自分と戦ってはいけない」という言葉で僕は表現している。
このことに気付いてから、なんというか、あまり疲れなくなった。

なお、「自分と戦わない」のは現状維持とは違う。
現状維持自体を目標にすると、淀んだ水のようになる。
つまり腐る。

自分がこれまで作った「流れ」に堂々と乗る、というイメージが近いだろうか。
これまでの自分はその「流れ」に抗わないといけないと思っていた。
だが、その流れを活かして泳げば淀むことは無いはずだ。

怖かったことをやる

失意の中にいた3年間だったが、やって良かったことはいくつかある。
車を買ったこと。
そもそも10年間ペーパードライバーだったので車の運転が怖かったが、ペーパードライバー講習を受けて、限定解除を申し込み、なんだかんだで公道に出ることができた。

全部、ビビっていた。

ペーパードライバー講習を申し込むのもビビっていたし、限定解除も4時間で解除できるわけ無いじゃん!とビビっていた。
初めて出る公道もビビった。
けれど、ビビるってことは。
どこかで憧れていたということだった。


言い換えると、恐れと憧れは時に一致するということだ。
例えば、一人で飛行機に乗ること。
ダイビングを始めること。
好きな人に告白すること。
一人で海外に行くこと。

憧れがあれば、人は生きていける。
その感情はできれば自己否定がない状態で抱きたい。
少し前はそれが厳しかったけれど、今は「無敵」の感情で抱くことができている。

もしかしたら司法試験に合格して弁護士になるってことに対しても憧れがまだ残っているのかもしれない。
だからどこかでまた挑んでもいいかもとは思っている。
けれど司法試験の勉強は色々捨てないとめっちゃキツいのは事実で、今はあまり捨てたくないというのは先述した通りだ。

何も捨てず、それでも憧れを抱く。
我儘にそういった生き方をしても良いはずだ。
少なくとも今の自分はそういうことができる。
ビビりながら挑み、その上で自分とは戦わない。
そうやって日々を生きていく。

伝えたかったこと

長々と「後ろ暗い覚醒」の話をしてきたが、なんでこれを書いたかと言うと……
僕は日々の生活で「自己否定を継続する状態」、そのしんどさがあまりにも強く分かるからだ。

「『このままではいけない』と『思わないといけない』」という思い込みは、あまりにもあまりにも自分を傷つける。


そして「このままで良いのだ」という言葉は通用力を持たない。
「自己否定をやめろ」なんていう言葉も空虚だ。

「自分の中にある物語に乗ること」。
僕が今の状態に至ったのは本当に偶然だったように思う。
びっくりするほど急に先が開けた。
そんなことはあまり起こらないことだろう。

生きるのが辛い人は、みんな自分の中にある物語を肯定できていない。
むしろ逆らって生きている。
だから人の2倍疲れる。

どうすれば自分の中に流れる物語を肯定できるのか?
「今の俺は無敵だ」って思えるのか?
ぶっちゃけ、僕にも全く分からない。
今は躁状態なだけで、1週間後くらい滅茶苦茶落ち込んでいるかもしれない。
だが仮にこれが一時的なことだったにせよ、「自己否定ループ」を突如抜け出せたのは事実だ。実際ここに至るまで非常に長期の間ウジウジと過去に囚われていた。

ここに至るまでの過程を晒すことで、何かしら救われる人もいるのかもしれない。
もしかすると逆に落ち込む人もいるかもしれない。
わからないけれど、とりあえず晒してみることにした。
あとは読者に委ねる。

長くなりました。
お読み頂きありがとうございました。
ではまた。

 

*1:厳密にはその後司法修習や試験があるが、事実上司法試験がゴールのようだ。

*2:ここで語ったフィクションとは関係ありません。だってここで語ったのはあくまでフィクションなので。