こんにちは、Mistirです。
久々に「やべぇ」アニメが出てしまった。
早々に女の子が陵辱される『ゴブリンスレイヤー』……
……も、相当に攻めてはいるのだが。
どちらかというと、これはこの世界におけるゴブリンの恐ろしさや残忍さを愚直に描いた、ある種極めて「マジメ」な表現とも言える。
それが視聴者に正しく伝わっているのか否か、それは別として。
一方で。
「全てが狂っている」と評される、あるアニメが出現してしまった。
ゴブリンスレイヤーはやることが徹底してるだけで全てが正気な判断に基づいてるけどゾンビランドサガは登場人物も原作者も企画者も製作者もゴーサイン出したスポンサーも佐賀県も関わった全てが狂ってるのでゾンビランドサガの方が狂気度が高い
— バイオ会社員dark side (@yakanifu) 2018年10月16日
そう。
それこそがまさに、今回語ろうとしている『ゾンビランドサガ』である。
まだ観ていない方は、可能ならば第一話を観て欲しい。
嫌だ?断る?観る気が起きない?
……フッ、強情だなぁ。
安心して欲しい。
観た人も、まだ観ていない人も、この「完成された狂気の世界」へと僕が誘おうじゃないか。
その昔。
「狂人のフリをし続ける常人は、即ち狂人である」と……誰かが言った。
それと同じだ。
『ゾンビランドサガ』という作品は、極めて技巧的で、ある意味では極めて「尋常な」精神の上で組み立てられたものだ。
だが……
そこに込められる「緻密なる狂気」の「圧倒的純度」は、僕らに「果たして尋常とは一体何だったのか」を見失わせてくれる。
その世界観をラベリングすることが許されるなら、僕はこの作品を、こう呼ぼう。
「誠実なる狂気」と……!
ってことで語るよ。
だいたい10秒くらいでわかるゾンビランドサガ1話〜2話
元気に家から飛び出したヒロインが
トラックに轢かれ
佐賀県でゾンビになり、プロデューサーとアイドルを目指すことになり
デスメタルでヘドバンして
他のメンバーとラップバトルします
以上。
なんなのこれ
以前、10年に一度の大傑作アニメ『宇宙よりも遠い場所』について語ったときは、1話あたりの解説にもう少し文字数を要した。
だがもう、このアニメについては……
物語について語ることは、これくらいの文字数で十分な気がするのだ。
SF作家の筒井康隆は、『創作の極意と掟』の中で「小説で絶対に使ってはいけない形容がひとつある。『筆舌に尽くしがたい』だ」と指摘した。
ごもっともである。
そして、それはブログにおいても変わることがない。
語り尽くせ。
筆舌を尽くせ。
尽きてもなお、求めろ。
ものごとについて語るということは、そういうことだ。
まぁそれはそれとして。
なんというか。
この作品って、筆舌に尽くしがたいんすよね。
うん。
物語やら裏事情やら、論理性やら、そのあたりを気にし始めると、このプロデューサー……
CV:宮野真守が演技という概念を放り投げたようなテンションでねじ伏せてくる。
『勇者ヨシヒコシリーズ』や実写版『銀魂』をはじめとした福田雄一監督作品をご存知なら、佐藤二朗やムロツヨシのノリと言えば分かるだろう。
「お前ムロツヨシが演技した何かじゃなくてムロツヨシじゃねーか!!!!!!」
である。
「お前宮野真守が演技した何かじゃなくて宮野真守じゃねーか!!!!」
なのである。
雑なストーリー展開、ツッコミどころを宮野が全て吸収する雑なフォロー……
なんだよこれ、手抜きアニメか?
……一度でも観られた方なら、分かるだろう。
答えは、一つ。
明確に、Noだ。
垣間見える「誠実」
冷静に考えてみよう。
「普通」に考えてみよう。
第一話でアイドルを目指すことになり、第一話クライマックスでライブシーン、デスメタルでヘドバン。
第二話で仲間割れからの熱いラップバトル、友情の確認。
予告で明らかになっているが、三話はアイドルアニメ恒例のCGダンスシーンがあるようだ。……高度な釣りの可能性もあるが……。
もう一度言う。
冷静に考えてみよう。
「普通」に考えてみよう。
こんなアニメあったら、シラケるに決まってんじゃん?
それがシラケずに、なんだかとんでもねえアニメを観ているような……否、もっと深く……
「俺たちは何を観ているんだ?」
という領域に、僕らは閉じ込められている。
領域展開ーー蓋棺鉄囲山
『呪術廻戦』、吐き気するほど面白いからみんな読んで!!!!
3話くらいまで地味だけど、急にメチャクチャ面白くなるから!!!!
余談はさておき。
さっき言ったような、あまりにも矢継ぎ早すぎる「クライマックス的展開の応酬」、言い換えれば「やりたい放題」に耐えうる物語の設定……
「一体そんなものが、この世に存在するのか?」
この問いに対する答えが、皆さんに、思いつくだろうか?
僕には思いつかない。
……少なくとも。
「ゾンビで佐賀のアイドルアニメ」
なんていう、もうどこから質問を発せばいいのかわからないこの設定は。
この設定こそが。
……その問いに対する一つの選択肢であることに、疑問の余地はない。
そもそも。
……一体何食ってたらこんなの思い付くんだ?
――なぜゾンビでアイドルの作品を作ろうと思ったのかお聞かせください
竹中アニメ『神撃のバハムート GENESIS』の“リタ”というキャラクターが、とてもかわいかったからです。
「どうしてこんなアニメが生まれてしまったのか」を考えると頭がおかしくなりそうになるが、一方で
「毎話クライマックス・毎話山場のアイドルアニメ」
を作り上げるという点で考えると、一周回って合理的な最適解であるとさえ思えてくる。その点において、このアニメのどうしようもない設定は筋が通っていて、誠実ですらある。
ヤケクソじみた設定から生まれる勢い、エネルギーは余すところなく、僕らに圧倒的情報量を、あらゆる方向から僕らの脳髄に直接押し込んでくる。
その上……地味に作画もいいし、女の子のキャラデザも……
なんかすげーかわいい(語彙力の低下)
純粋にクオリティが高いのだ。
その点をさらに考えると、「やりたいことを全部やるためにブッ飛んだ設定で突っ切る」という荒々しさは、かの名作アニメ『キルラキル』の衝撃を思い出させる。
圧倒的筋肉の奔流である。
一方、見方を変えてみると……
6年前にアニメ化された作品、『じょしらく』はアニメ内でこう開き直っていた。
(ていうかあれからもう6年かよ……)
「このアニメは
女の子のかわいさを
お楽しみいただくため
邪魔にならない程度の
差し障りのない会話を
お楽しみいただく
番組です」
と。
「こまけえことはいいんだよ」という圧倒的潔さは『じょしらく』のそれをも感じさせる。
『ゾンビランドサガ』は静と動、ごちゃごちゃと潔さを兼ね備えた、オールレンジ対応アニメだったのだ!!
……狂ってるか狂ってねえかで言えばやっぱ狂ってるけどね。うん。
今後どうなるのか
ぶっちゃけ、勝利パターンには入っている気がする。
今の所ゾンビ要素をいまいち活かしきれてない気もするし、佐賀要素についてはもはや男の乳首みたいな扱いになっている気がしなくもないが、もうここまで吹っ切れてたら、
「あれ?その要素もっと活かせばよくね?」
などというツッコミなど
「無粋なり」
の一言に一刀両断してもよかろう。
今はただ、この勢いに酔い潰れようじゃないか。
……一方で、僕はかつてとあるアニメに盛大に裏切られたことがある。
「今このくらい面白ければ最後の方多少尻切れトンボでも名作確定だな!」と思っていた作品が、尻から出したビームで僕を木っ端微塵に打ち砕いたのだ。
ということもあるから、気が抜けない。
それは同時に。
極めて単純に。
「とても楽しみだ」という意味でもある。
それにしてもほんと僕、「圧倒的テンションの奔流」みたいなアニメ好きだな……
お読みいただき、ありがとうございました。
ではまた次の記事でお会いしましょう。