こんにちは、Mistirです。
『魍魎の匣』という小説がある。
この小説に木場という「中身は無いが頑丈な箱」と自嘲する、そんな不器用な刑事が登場する。
無骨で実直、単純な正義として「敵」を追い求め、時に暴走してしまう……
『魍魎の匣』はそんな木場という男の物語でもある。
木場は愚直で女っ気のない男だが、たった一枚、ある女優のプロマイドを持ち運んでいる。それは恋心というほど大仰なものではない、ちょっとした憧れのようなものだ。
そして、『魍魎の匣』で木場が関わった事件。
その事件には、プロマイドの女優が大きく関わっていてーー
もうしばらく怪文書にお付き合いください
ClariSから検索してこの記事にたどり着いて頂いた皆さん、申し訳ない。
一体何の記事なんだこれは、と思われたことだろう。
なんのことはない。
木場とは僕のことであり、その女優とはClariSのことだ。
……大丈夫、僕はギリギリ正気だ。
ClariSは熱狂的なファンが多く存在する、もはや大物アニソンアーティストだ。
(どこをデビューとカウントするかも難しいのだが) デビューから10年、デビューが早すぎてまだまだ若いにも関わらず大物としての貫禄も十分。
ライブも毎回大盛況らしい。
らしい、というのは。
僕は一度もライブに行ったことがないからだ。
楽しいのだろうなーーと、思う。
だが僕にとってClariSは「よくわからない存在」であってほしいというか。
「正体不明のアーティスト」で十分だ、という、上手く説明できない距離感があるのだ。
一人の「ファン」としてただその曲や世界観に浸るだけで僕にとっては十分。
そんな距離感から、欲張ってさらに近付いてしまったら。
少し怖い。
『魍魎の匣』の表現を借りるとーー
「箱が、開いてしまう」。
箱は閉じておいたほうが良い。
何事も距離を取るほうが良い。
かえって近くよりものごとがよく見えてくる。
これは僕の座右の銘でもある。
さて。
……ここまでネチネチと語る僕は、結局ClariSの何が好きなのか?
上手く言えないが、あの薄幸感と色気あふれるボイスで、明らかに意図的にアルバムに組み込まれているノスタルジックな曲を聴いていると……
今、自分は過去に囚われているのだということと。
そして過去に囚われることは、決して僕固有の病理ではないこと。
それはある程度普遍的なことだ、と。
そう、緩やかに肯定してくれることだと思う。
大袈裟だと思うだろう。
自分ですらそう思う。
そう、思っていた。
だけど。
だけど、だよ。
SUMMER TRACKS -夏のうた- (通常盤) (特典なし)
- アーティスト: ClariS
- 出版社/メーカー: SACRA MUSIC
- 発売日: 2019/08/14
- メディア: CD
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このニュー・アルバム。
4曲のカバーソングと、エンディングにたった1曲のオリジナルソング。
5曲。
その5曲は、ここまで書いた怪文書などでは到底追いつけない……表現できない……
何か恐ろしい、途方も無いものが込められている。
ここまでの危険性を……たったの5曲に、その「構成」だけにブチ込んだアルバムを僕は他に知らない。
ClariSのアルバムは構成が見事だ、と僕はずっと指摘している。
だけどこのミニ・アルバムは過去のフル・アルバムと比較しても、最も恐ろしい構成をしている。
……
ここまでお読みいただき、ありがとう。
怪文書はとりあえずここまでにしよう。
結論から言おう。
このアルバムは、危険な呪いだ。
このアルバムは。
僕らを過去に、「あの『夏』に」……
誰もが持つイデアとしての、あの「夏」に……
閉じ込めてしまう。
もう一度言おう。
このアルバムは、本物の、「呪い」だ。
解説
ここからYouTuberの公式MVを貼っていくから、アルバムを買わなくても読んでいただくことは可能だ。
だが。
5曲目、オリジナルソング『Summer Delay』だけはYouTubeにはアップロードされていない。
はっきり言おう。
この曲がなければ、このアルバムはアルバムとして全く成立しない。
問答無用の「名曲」を4曲聴けるだけだ。
それでも構わないといえば構わないのだけれど、ここからの僕の話は『Summer Delay』ありきであることはあらかじめ言っておきたい。
だから、まずは一度、ここから読む前に「呪われて」ほしい。
できればリラックスできる部屋で、一度曲順通りに、1曲目から順に聴いてほしい。
この「呪い」を成立させるためには、曲順がとても重要だ。
……
一巡されただろうか。
呪われなかった人もいるだろう。
多分、あなたは幸せな人だ。
呪われてしまった人は……呪われざるを得なかった人は、ぜひここから僕の文章を読んでほしい。
だけど決してその呪いは解かれない。
ただ、それと向き合えるようになるだけだ。
最初に曲目が発表されたとき、笑ってしまったのは僕だけだろうか?
1曲目……secret base 〜君がくれたもの〜 原曲:ZONE / 2001年
2曲目……Diamonds 原曲:プリンセス プリンセス / 1989年
3曲目……タッチ 原曲:岩崎良美 / 1985年
4曲目……恋のバカンス 原曲:ザ・ピーナッツ / 1963年
いやいや、いくらなんでもやりすぎだろう!!!と。
一番新しい曲で18年前の曲ですよ。
ClariSがノスタルジックな曲が似合うからって……
もっとやれ!!!!!
とシンプルに思っていたのだけれど、その頃は「曲順」がもたらす意味に気づいていなかった。
まず1曲目。
20-30代はもう既にこの曲に「呪われている」人も多いだろう。
聴いただけで泣いちゃう呪いだ。
この呪いは極めて強烈で、思い入れがあるとか無いとか、もうそんな次元を通り越して、「夏のノスタルジア」そのものとして、一種の暴力性を伴って僕らに飛びかかってくる恐るべき呪いだ。
『あの花』というアニメでも主題歌として使われていたけれど、話の展開がどうであれ何であれこの曲の暴力性だけで十分屈服させられてしまう破壊力があった。
そんな一曲からこのアルバムは幕を開ける。
もうこの曲に関して、ClariSの歌声がどうのこうのなんて言うのは無粋だ。
名曲だと語ることすら無意味だ。
僕に言えることはもうない。
2曲目。
この曲に至っては僕:26歳の生まれる前の曲である。
そんな曲を僕が語れるのか?
……とか言い出したら4曲目の『恋のバカンス(1963年)』で何も言えなくなってしまう。
カレンの良さを存分に味わえる一曲である。
ClariSの曲は初期メンバー(という言い方が正しいかどうかは別にして) のクララがリードボーカル的役割を務めているものが多いのだけれど、この曲に関しては完全に出だしからカレンが牽引している。
1曲目でしっとりしすぎた心をカレンの元気さが引きずり上げてくれる。
……夏が、始まる。
3曲目。
ある意味「アニソンの頂点」に位置する一曲のひとつかもしれない。
そもそも、どう言葉を弄そうともこのカバーは「昭和の曲」のカバーでしかない。
それ以上に言う言葉がないほど……原曲をリスペクトした直球カバーだ。
にも関わらず、ここまでの曲に一切引けを取らないパワーを覚えてしまうのは原曲の良さの為せる技だろう。
そもそも『タッチ』というアニメ自体、「よくもまああんな物語が広く受け容れられたもんだな」と今思うと不思議なくらいドロドロしたシナリオのアニメだ。
詳しくはWikipediaに丸投げするが……
ja.wikipedia.org
主人公「たち」とヒロインの恋路は決着を見ないまま、主人公の一人が物語から退場してしまう。
そりゃまあ編集部もあの展開は反対するわな、と。
そんなアニメのオープニングは、アッパーなテンポの中にとんでもない総量の哀愁を隠れていないスパイスとしてねじ込んだ一曲だった。
愛さなければ淋しさなんて 知らずに過ぎて行くのに
そっと悲しみに こんにちは
しみじみ考えると、これ本来20代が立ち向かえる歌詞じゃないよなぁ……
だからこそ長らく愛されている一曲なのかもしれない。
ClariSが歌うとどうなるか。
語るまでもないけど、「曲に負けてない」どころか薄幸感と色気が原曲を食いかけているある意味とんでもねぇカバーだ、ということだけは指摘しておきたい。
4曲目。
1963年。56年前の曲である。
もうここまで来ると「古い」とか「ノスタルジック」とかそういう次元を通り越して、2019年の現代にこの曲を蘇らせていることにただただ感嘆するしかないのだが……
しか、ないのだが。
この2分40秒の曲が、4曲目にあることが、とても重要だ。
1曲目で20-30代の「夏」の象徴『secret base 〜君がくれたもの〜』が期待を裏切らず歌い上げられ、そのしっとり感を吹き飛ばすような2曲目『Diamonds』。
そして誰しもが、それこそアニソンにあまり興味がない人すら知らない人がいないような「哀愁の塊の『懐メロ』」である『タッチ』に「潜り込む」。
そのまま、これまでの2曲分のアッパーテンポを覆すような、賑やかだけれども穏やかなアレンジの4曲目、『恋のバカンス』。
その4曲で、僕らは。
過去に、夏に。
「降りる」。
「降りきる」。
単純に時系列順に並べているだけじゃなく、多分この4曲を順に聴けば。
「夏」あるいは「過去」の……世界観と言うべきか、空気感と言うべきか。
とにかくそういったところに、浸ることになる。
浸りきることになる。
浸りきらされる。
戻れないところへ。
ーー夏のせい。
5曲目。
その一言から始まるその曲は、平成の向こう、令和の爽やかすぎる……
夏の風のように鮮烈なピアノを伴って、僕らを強制的に「今」に引き戻す。
そうだ。
今は、2019年だ。
あまりにも爽やかすぎる旋律に、むせ返るような哀愁とノスタルジーを込めたこの一曲は、悲恋を省みる曲であり、同時に……
夏を、過去を。
あるいは「あの過去の夏を」「あの過去の自分を」、省みる曲だ。
その現代的な旋律は、「今」歌われているものなのに……
僕らを強引に「今」に連れて行こうとはしない。
4曲、僕らはカバーソングを聴いてきた。
どの曲が最も僕らを「あの空想の夏に」引き連れるのか、それはその人の思い出と年齢次第かもしれない。
だけど、そんな世界に囚われる僕らの罪悪感を。
この曲は恐ろしいことに、全て全て、後ろ向きに肯定してくれる。
あの日々が、あの時が
もう来ないと分かっているのに
八月の夜 夏の果のイマージュ
夢だって、知ってたって
遠い約束、繰り返したまま
記憶の海をまだ泳いでいた
ノスタルジーに、後悔の海に、ただ「降りる」、「潜る」、「漂う」、罪悪感の果てに「揺れる」。
そんな感情を4曲で掘り起こして……
5曲目で、全て「夏のせい」にしてくれる。
それは限りなく甘美で、気怠いものなのに、旋律は徹底的に爽やかで……
……。
こんな危ない構成のアルバム、あってたまるかよ……。
帰れなくなるだろうが、あの「夏」から!!!!
リピート再生していると、余韻に浸るまもなく1曲目『secret base 〜君がくれたもの〜』の再生が始まる。
やばい。
夏が終わらない。
過去が終わらない。
こんなもの。
こんなもの……ただの……呪いだ。
恐ろしい呪いだ。
俺には……俺にはそんな理想の「夏」があったわけじゃない。
なのに……あの「夏」が……
俺を襲ってくる。
俺は今、どこにいるんだ?
どこだここは。今は「夏」なのか?
こんな感情は、誰のせいだ?
「夏のせい」
「君のせい」
ピアノの最後の音が、声が、夏に鳴り響く。
ClariSのせいだ。
俺の箱を開かないでくれ。これ以上侵食しないでくれ。
全部全部全部全部、ClariSのせいだ……
結論
怪文書に付き合ってくれてありがとうな。
愛してるよ。
ClariSを聴こう。
あの夏に閉じこもろう。
お読みいただきありがとうございました。
ではまた次の記事でお会いしましょう。